チルソクの夏

この映画について ずっと書けなかった
それは たぶん・・・朝鮮人と日本人という
近くて遠い 遠くて近い民族のことを考えていたからだろう
書いては消し 書いては消し・・・
薄い靄の中 見知らぬ道をさまようように
文章は いっこうにまとまらない
それでも こうして書いているのは
わたしの こころの中から 何か・・・・大事な
灯りのようなものが 消えなかったからだ
どれくらい時間を費やしたかわからないけれど
ある時 ふと気がついたことがある
それは すごく当たり前のことで・・・
愛し合うのは
民族と民族ではなく 人と人なのだ
・・・ということ
人と人とが愛し合うということは・・・・
あなたを創ったものすべてを 愛するということ
そして そういう自分を 認め受け入れるということ
お互いに自分自身を すべて受け入れることができたら
立ちはだかる障害たちは 「障害」という名前から
ふたりの絆を深めるための ひとつの「みちのり」に変わる
4年後に再会しようと約束したふたりは
結局 再会できずに・・・25年の月日が流れる
25年という時間は アン君と郁子の「みちのり」・・・
郁子のモノローグが流れる
「私たちは 約束を守らなかったのではなく
未来に こんな再会が待っていることを 信じていたのだと思います」
わたしのこころに ずっと揺らめいていた灯りは
時間という魔法が残す 未来への贈り物だったのかもしれない







