愛されるために、ここにいる

映画は 誰かが作った人生である
けれど その映画を観て こころに起こる変化は
間違いなく自分のものだ
わたしは時々 そういうこころの変化に
とまどいを覚えてしまう
・・・あぁ わたしの中には こういう愛もあるんだ・・・
日々 目や耳に届く情報
わずかばかりの人生経験
当たり障りのない・・・日常の決断
こころに溢れかえるはずの感情は
そのほとんどが・・・眠っている
手元にあるこの愛は
ほんとに わたしが求めている愛?
ほんとに わたしが伝えたい・・・・愛?
ジャン・クロードの父親が
人生の最後に聞いたのは
愛するわが子が 自分を罵倒する言葉だった
人は 知らないうちに
モラルや 責任や 習慣という言葉の中に
それよりも もっと大切な
愛を 閉じ込めてしまう
閉じ込められた愛は
やがて 深い悲しみに変化する
悲しんでいる愛に
フランソワーズは泣いたのだ
愛が発する 小さな声を聞いた時
人は 重大な局面を感じる
愛の居場所を知ったからだ
その時に・・・素直に 愛を救いだせる
深い勇気がほしいと思う
愛は 悲しんでいませんか
愛は 悲しんでいませんか
| HOME |







